テレビなどのマスコミで取り上げられることは殆どありませんが、ネットで検索すると皇后雅子様と創価学会の関係に関する情報を目にすることができます。
RAPTブログでも雅子様の実家である小和田家と創価学会の関係が明らかにされており、閲覧数が多く人気記事になっていますね。
◯ベネッセ・ユニセフ・外務省・皇室・創価学会との奇妙なつながり。この日本はごく一握りの人間によって支配されている。
◯皇太子妃「雅子」様は創価学会員。その祖父は水俣病を広めたチッソ株式会社社長「江頭豊」。この事実をタブーとする日本とは?
また、ネットで調べていると、雅子様が創価学会名誉会長・池田大作の「落胤」「隠し子」という驚愕の情報もちらほらと見受けられますので、その両者の顔がどれだけ似ているものなのか比較してみたいと思います。
改めて見てみると、目・鼻・口の主要なパーツの形状がそっくりなことに加え、それぞれのパーツの配置バランスも一緒ですね。
更に細かく見ていくと、目の下の皺や窪み、口の閉じ方(口角の位置や力の入り具合)なども二人に共通する特徴と言えるのではないでしょうか。
それでは次に雅子様の両親である小和田恆・優美子夫妻の画像を見てみましょう。
皇后雅子様の両親・小和田恆と優美子
皇后雅子様と両親
雅子様は両親のどちらとも似ていない気がしますが、あなたはどう思われますか?
また改めて、雅子様と池田大作を比べてみましょう。
正面からばかりではつまらないので別の角度から。
次は笑顔を作っている時の表情を見てみましょう。
皇后雅子様と両親
雅子様のあまり目を細めることなく口角を上げる笑顔の作り方も、父の小和田恆よりも池田大作に似ていますね。
雅子様と池田大作の顔が雅子様の両親以上に似ていることと、小和田家と創価学会の関係の深さを考えると、「落胤・隠し子説」もあながち嘘ではないように思えます。
また、秋篠宮眞子様の婚約騒動のお相手である小室圭氏も、池田大作の子孫であるという情報もあります。
池田大作とは
皇后・雅子様の実父である可能性が高い池田大作とはどのような人物なのでしょうか?
既に死亡していると言われる池田大作なので少し古い情報になりますが、その人となりが分かるものを引用しておきます。
池田大作の本性について
平成19年に出版された、原島 崇氏(元創価学会教学部長)の
『 絶望の淵より甦る』
この本を読み返してみた。池田大作を師匠と仰ぎ、また、池田大作も原島崇氏を一番弟子としたほど頼りにした存在であったようだ。
その一番弟子の原島崇氏が昭和55年創価学会から脱会したが、昭和35年の会長就任より、側近中の側近として、20年間に亘って池田大作に仕え、表も裏も知りつくし、池田の本性を痛いほど見尽くして来た氏の遺言ともいえる書ではないかと思う。
ぜひご一読願いたき本だ。
氏の書きとどめた “ 池田大作の本性 ” を原文から少し紹介したいと思う。
●すべては幼少期のコンプレックスに発している
昭和55年に入り、私は池田大作に直接会って、数多くの誤ちを諫言しなければならないと心に誓いました。間に人を介してはダメだ、私自身がじかに池田に会うしかないと決断し、私の意思が通じて、2月26日、本部一階の応接室で、一対一で6時間にわたって私の思いをありったけぶつけました。
「本尊模刻」の大謗法と「正本堂が御遺命の戒壇」と偽った大謗法を鋭く指摘しました。
また、池田大作の人間性についても、私の感ずることを「生理的嫌悪感を感ずる」と直言しました。
これにつての詳細は別の機会に譲ることとして、ここでは池田大作の本性について、最側近にいた私のありのままの真実の告白を綴らさせていただきます。1.コンプレックスの固まりのような存在
これは彼の幼少期の体験が大きく影響しているようです。
彼は母の「いち」さんには様々な機会にふれていますが、父のことについては、ほとんど言及していません。ただ氏名が「子の吉」であること、「ノリ業者」であること、「強情様」といわれたことぐらいの記述しかわかりません。
昭和20年代後半に池田は父のもとを去ってアパート生活をしていたこと、父を最後まで日蓮正宗の信仰につけさせることができず、結局、真言宗の葬儀をするという結果に終わったのです。池田は一番大切な実の父すら折伏できなかったのです。
結局、母に対しては信頼し、尊敬をしていましたが、父には何かしら憎悪すらいだいていたように受けとれます。こうした「父親不在」ともいうべき幼少期、青年期を経た人特有の「暗い影」すら池田には漂っています。
加えて、彼は病弱であり、貧しい家庭環境にあったこと、高学歴を経てないことなど複合的原因が、彼の「コンプレックス」を形成したものと思われます。
それが、たとえば実際には卒業していないのにもかかわらず、東大出身の桐村泰次氏に、40歳代になった昭和40年代の前半、卒論を「代作」させて、富士短大卒としたり、最近では、数多くの勲章とともに「名誉博士号」を取得し、「池田博士」といわれることでご満悦になっている根っことなっているのではないかと思います。
2.「ウソつき」の天才
すべてがウソで固められているといっても過言ではないくらいです。
- 彼の「入信神話」のウソ
- 「戸田二代会長からエレベータ相承を受けた」というウソ
- 「池田本仏化」の自作自演の数々のウソ
- すべてての著述等を自分で書いてきたという大ウソ
- 会員から一銭も寄付を受けないと約束したことのウソ
- 学会としてお墓を作らないといったウソ
- 「名誉もいらない、勲章もいらない」といったウソ
- 「言論出版問題」で大誠実を装い「関係者の方々に直接お詫びしたい」と宣言したことを実現しなかったウソ
- 日達上人をごまかした数多くのウソ、政教分離を約束したウソ
などなど、数えあげればきりがありません。
3.全くの無反省体質
私は、池田が心から反省したことなど、ついに一度も見たことがありません。彼が社会や宗門に誓った様々な「お詫び」を口にした「猛省」など、ことごとく虚偽です。
自己をを省みる尊さ、強さなど、まるでわかっていません。
4.権力欲の権化
彼は若い頃から「天下を取る」ことが口癖でした。
仏法は権力欲とはまったく関係がありません。むしろ仏法の始祖・釈尊は、王たる身を捨てて出家し、仏道を成就したのです。 末法の御本仏日蓮大聖人様も、世俗の権力者を諌められましたが、みずから権力者になることなど毛頭考えておられませんでした。
檀越の方々にも「天下を取れ」とか、それに類いすることは一切仰せられていません。
むしろ「御みやづかい(仕官)を法華経とおぼしめせ」と仰せられたように、良き社会人であることをご教示になられているのです。
彼の権勢欲と共に、名誉欲も他にぬきん出た激しいものがあります。
彼はかつて「名誉もいらない、勲章もいらない」といっていたのです。
それは表向きのきれいごとであって、本心は名誉欲の権化だったのです。
これは今日の池田大作の勲章の数、名誉市民など名誉称号の数の多さが証明しております。彼はそれを誇らしげにしていますが、仏法では「名聞名利」を強く戒められています。
第九世日有上人の「化儀抄」には
「一、名聞名利は世事なり。仏法は自他の執情の尽き足る所なり。出家して此の心有る時は、清浄の仏法を盗んで名聞名利のあきないになす処は仏法を盗むなり。厳に然るべからず心中なり。尤も嗜むべし云云」とあります。これは出家の戒めを説かれていますが、「法盗人」とまで厳しく言われています。
池田の場合も、勲章の数を誇り世界各地から名誉称号を数多くもらっていることを自慢のタネにしていることは「名聞名利」そのものであり、それは「世事」であって、しかも世間的にも卑しいことであって、仏法とはまったく関係ないのです。
しかも、そうした称号を得るために、会員から収奪した金を利用していることは、「法盗人」であり、世間的にも醜い根性の見本みたいなものです。
5.支配欲の凄まじさ
彼は、会員を彼に仕える「奴隷」のように扱っています。
池田は常々、「私のために死ねる人間」「私のために死ねない人間」と幹部を色分けし、池田のために死ねるという人間だけを重んじてきました。
“池田本仏化”も、第六天の魔王(他化自在天)のような、他も自在に操る魔性を持った人間の振る舞いそのものです。
支配欲は、創価学会のみにとどまりませんでした。
日蓮正宗までも支配下に納めようとしたのです。
それは正本堂建立以後あらわとなり、日達上人を悩ませたのです。 さらに前述したように、国家支配を長年めざしてきました。若い時からの口癖は「天下を取ろう」であり、創価学会の「総体革命」もその路線そのものです。
6.「慢心」のかたまり
私は最側近にいて、彼が
「どうだ、私はすごいだろう」
「私には日本の中に語り合える人はいない。世界的に著名な人のみを相手にする」
「私にはもう叶う人は世界にもいない。私は宇宙と語る」
と聞いたことがあります。「私の記憶力は抜群だ。そうでなければ、30年前の『人間革命』など書けるわけがない」(『人間革命』は故・篠原善太郎氏の代作)・・・
こうした慢心は著名人にも及んでいます。
「中曽根康弘(元総理)はこちら(創価学会)の小僧だ。ケネディ気取りで、よしよしと言っておいた」
「トインビーは過去の人で、また机上の空論の人だ。私は実践の人だ。そう、トインビーもいっていた」こうした池田発言を受けて、「聖教新聞」では「世界の偉人に並ぶ」といったマハトマ・ガンジー、キング博士、アインシュタイン等の人類の「偉人」を数多く並べ、それらの人々の偉大さを全部そなえた「偉人」として奉っているのです。
第67世日顕上人は、御登座以来、
「十四誹謗」「1にきょう慢、2に懈怠、3に計我、4に浅識、5に著欲、6に不解、7に不信、8に顰蹙、9に疑惑、10に誹謗、11に軽善、12に憎善、13に嫉善、14に恨善」(松野殿御返事)
を通して、第一の「きょう慢」の恐しさをご指南あそばされていました。御隠尊日顕上人は、27年間の長きにわたって御法主上人の重責を担われ、平成17年12月12日に日如上人に「唯授一人の血脈」をご相承あそばされました。
その日顕上人が最も憂えられたのが、池田大作の「きょう慢」謗法でした。
正本堂にしても「御遺命の戒壇を私が達成した」とし、自分が大聖人さえできなかったことをやりとげた、自分は大聖人の「再誕」もしくはそれ以上の存在であると誇示していましたが、これこそきょう慢謗法の最たるものです。
7.「人を信ずることができない」性格の持主
池田から「私は誰も信じない」という言葉を何度聞いたことでしょうか。
私はその言葉を聞くたびに、「人を信じれない」ということは最も不幸なことだと哀れに思っていました。
仏法上の「信」は「道の母」ともいわれ、仏法を会得する上で一切の源であることは、諸御書に明らかです。
生活と社会の場においても、「信」は人間関係の基本であり、社会のルールも「信」を欠いては成り立ちません。家族も「信」によって結ばれてこそ、円満な家庭がありうるのです。
一般世間の師匠と弟子、学校の教師と生徒、会社の社長と社員、友だち同士、みな「信」を基本に置いてこそ、良好な関係がありうるのです。世の中に「信」というものをなくせば、殺伐とした社会になっていくことでしょう。
池田大作が「誰も信じられない」というのは、人間関係の基本の欠如であり、より根源的には、仏法そのものの「信」が欠如しているからにほかなりません。彼が「信」という言葉を使うとき、必ず「無疑曰信」(疑い無きを信と曰う)という言葉で語るだけです。
「無疑曰信」とは本来「疑うな」という意味ではありません。最高の仏法は「真実」であって疑いの余地のないことを指しております。「疑い無きを信と曰う」という意味も、疑って疑いぬいて、なおかつ疑うことのできないところを「信という」との意で、「信」の尊さを教えているのです。
むしろ、第26世日寛上人は「大疑は大悟に通ず」と仰せられています。疑うのは「信」のためであり、最終的には「信」に到達しなければなりません。そして疑うことのみで終始すれば、それはやましい「猜疑心」であり、ここには真実の幸福は生まれません。
しかし、池田が使う時は、「私を疑うな、私を信じろ」ということの意であり、むしろ、これはあえていえば「不疑曰信」といえるでしょう。
8.「被害者意識」がきわめて強い
自分が加害者であっても、被害者を装うことが常でありました。
言論出版問題の時も、〝創価学会=池田大作”が加害者であるにもかかわらず、「処女が強姦されたような心境です」と高瀬広居氏に語るなど、まさに「被害者」を装っています。
あの時も「法難」という言葉がしきりと語られました。
法難というのは正法を広めて難にあうことであって、世間法を犯して社会から指弾を受けることは、法難とはいわないのです。
日蓮大聖人は「世間の失一分も無し」と仰せられて、正法を護持し、広めていった結果の難であって、「世間の失」は一分たりともないと示されています。
池田大作の場合は、「世間の失」ばかりです。これでは大聖人のお叱りを受けるばかりであり、かえって大聖人の法を下げる行為といえましょう。
大聖人の仏法は、みじんも「被害者意識」などありません。むしろ、「苦をば苦とさとり、楽をば楽と開き」という、いかなる事態にあっても悠然たる不動の境地に立つことをご教示になられています。
9.批判拒否体質
彼は自身への批判を最も恐れおののき、すべて拒否します。
これは池田の絶対化、無謬性と無関係ではありません。人間に絶対などということは、誰人もできません。また、「無謬」などといえる人もいません。みな等しく、誤ち多き人間の集まりです。
しかし、もし誤ったとわかれば、即座に改めればよいのです。批判を拒否するというのは愚かな、本性は弱い人間のやることです。
すなわち、度量の小さい人物です。
批判にも、正当な内容はたくさんあるのです。それを受け入れる度量をもつ人こそ、賢明な態度をもっているといえましょう。
池田は批判に対して神経質なぐらい気にします。自分の人格が傷つけられると思うのでしょうか。かえって批判を受け入れて、もし誤ちがあれば改めることの方が、人格的にすぐれていると私は思います。
その人の人格の泉、常日頃、「徳」を積んでいるかどうかにかかわっています。人がどう思うか、人々の評価がどうか、ということにこだわりすぎて、人々から称賛されたいとの願望のみに生きていることは、仏法上「八風におかされた人」というのです。
ちなみに「八風」とは「利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽」です。
10.「万能感」「優越感」「ナルシスト」
ナルシストは、自身の姿にうっとりし、自分はなんでもできる、他の人とはまったく違う存在であると思い込んでいる人間です。
そしていつも他を意識して、自分が常にすぐれていると考えることが、習性のようになっているのです。
これに「それ仏法と申すは勝負を先とし」というご金言を悪用することが長いあいだ続いた結果、「勝他」(他に勝つ)との思いがありありとうかがえます。
これは劣等感の裏返しでもあり、これも仏法上「修羅のおごり」と教えられております。
11.大衆の「人身操縦術」に長けている
直観力は鋭く、鋭敏であり、人々の心理を巧みにキャッチし、うまく丸め込んでしまうのを得意としております。
しかし、それは「うまい」という印象にはなりましたが、同時に「ずるがしこい」という感想もいだいたこともあります。
彼には英知も高邁な理想もなく、また仏法においては、全くトンチンカンな理解力しかないのです。何もかも知っているかのような言動が多くみられますが、本当はなにもわかっていないのです。
昭和55年、私は中西治雄氏と個人的に何回も話し合ったことがありますが、長年、池田に仕えきってきた中西氏は
「あの人(池田)は教学が全くないから」
と言っていましたが、私の知っている限りにおいても、全くその通りでした。池田の本性を以上の諸点に絞りましたが、それ以外にも色欲のすさまじさ、金銭欲、物欲の執念等、数えあげればきりがありません。要するに、ことごとく「仏法違背」の本性をむき出しにしていたのです。
このように池田大作は物凄く高慢で、猜疑心が強く、権力欲・支配欲の塊のような人物だったようです。
また、池田大作の言動を見ると、彼の負の遺産とも言える「創価学会」という組織の危険性が見えてきます。
この20年間、世の中を騒がせ続けてきた団体といえば、創価学会に勝るものはありません。しかし、一般の人々には少しわかりづらい宗教という仮面をかぶった団体であるため、何か他人事のように思われて、野放しにされてきてしまった感があります。いったい創価学会とは何なのか、そして何をしようとしているのか――、ここに、その恐るべき正体を公表いたします。どうか、この現実を直視し、私たちの将来、そして子孫たちの将来のために、この問題を自分達の身に引きあてて、真剣にお考えください。
創価学会の目的は日本国支配だった!? すでに各分野に送り込まれた工作員
まず、次に挙げるのは、創価学会の実質的支配者・名誉会長池田大作の発言記録です。これを見れば、創価学会の目的――いったい何をしようとしているのか――が明白です。
広宣流布(※池田のいう広宣流布とは、国民のほとんどが学会員となる状態)の時には、参議院議員、衆議院議員もいてさ、皆な財布の中には少なくとも十万や二十万入れて、洋服も月賦じゃないの着てさ、ひとつ国会議事堂やプリンスホテルや帝国ホテルで会おうじゃないか。要所要所を全部ね、学会員で占めなかったら広宣流布できゃしませんよ(『聖教』昭和32年9月6日)
天下をとれることが少し私には見えて来た。天下をとらない党なら、やる必要はない。私がひかえているから心配するな(『(公明党議員との記念撮影・昭和51年11月16日)
私が教わったのは帝王学だ。私は最高権力者になる。そのときには創価学会を解散してもいい(『現代』昭和45年7月号)
広布(※広宣流布)の闘いで、政党、学校、文化、民音等もできた。最後に残ったのは経済だ。これから、この社長会を中心に経済革命をする(第1回社長会・昭和42年6月25日)
目立たないように枝を伸ばし、産業界に網の目を張りめぐらして、最後に総合商社を作って決戦だ。(中略)中曽根康弘は心配ない、こちらの小僧だ。総理大臣になりたいと云っていたので、よしよしと云っておいた。ケネディきどりだ、坊やだ(第6回社長会・昭和42年11月25日)
警察だって、動かしているのは竹入・井上だよ(第13回社長会・昭和43年7月8日)
等々。また、こうした池田発言を受けて、池田の忠実な弟子達も、しばしば
(広宣流布の時には)わが男子青年部の手によって内閣を結成して(『大白蓮華』昭和39年2月号・現会長秋谷発言)
池田先生が、日本の指導者として立っていただく(『聖教』40年7月26日・四代会長北条浩発言)
等の本音を述べていました。
これらをまとめてみますと、要するに、
- 精神面では、日本中を学会員にして池田の弟子にする
- 政治面では、公明党が政権を樹立する
- 経済面では、学会系企業が財界を支配する
- その他(行政、司法、マスコミ、教育、芸能等々)の要所要所に学会員を送り込んで日本国の機構を完全掌握する
- 最後に、これら全体を統括し、池田大作が日本国の最高権力者となる
といった多面的構想で、日本国を完全支配しようと画策していたのです。
これは、単なる誇大妄想狂の絵空話ではありません。
現に学会の急激な教線拡大を背景として、公明党は第三政党にまで議席を伸ばしましたし、各分野に送り込まれたエリート学会員(弁護士、検事、判事、公認会計士、税理士、警察官や外交官等の国家公務員上級職等々)はおそらく現在では約一千名を数えるでしょう。
池田大作と創価学会による日本国乗っ取り計画は着実に進んでいるのです。
恐るべきファシズム国家「創価王国」 学会員はすべて使い捨てという残酷
また、池田大作は、
創価国、創価王国を、地球上に宇宙に作って、みんなを守ってあげよう(第2東京本部最高会議・昭和50年6月10日)
と述べ、やがて池田の支配下に置かれるであろう国土を「創価王国」と名づけています。
「創価王国」とは、池田がよく表向きで言う「仏法民主主義」とか「平和・文化・教育」などとは、およそ無縁の国家体制――、すなわち
本当は全体主義は一番理想の形態だ(第61回社長会・昭和47年6月15日)
という池田発言によっても窺われるとおり、創価王国はファシズム(全体主義)の王制国家を目指しているのです。そして、この社会においては、これまで創価学会が引き起こしてきた言論出版弾圧事件や、替え玉投票事件、盗聴事件、リクルート事件、砂利船舶汚職事件等々を見ても明らかなように、独裁者・池田大作の名誉と富と権力を守るためなら、暴力や汚職・不正すらも正義としてまかり通ってしまうのであります。
こうした恐るべき「創価王国」構想こそが、宗教の仮面に隠れて、池田大作・創価学会が目指してきた野望の正体といえましょう。
なおまた、池田大作にとっての創価学会とは、所詮、自身が天下を取るための勢力作りの基盤であり、手段でしかなく、したがって、天下取りを実現できさえすれば、
そのときには創価学会を解散してもいい(『現代』昭和45年7月号)
とまで池田は考えていました。要するに、創価学会員は全て使い捨て、日本国乗っ取りのために利用されているだけなのですから、哀れなものです。
また、このような感覚ですから、日蓮正宗富士大石寺についても、伝統仏教の仮面として利用する、というような意識しか持っておらず、
学会のために本山が犠牲になる。学会が全ての主体である(第2東京本部最高会議・昭和50年6月10日)
などと豪語していたのです。要するに、日蓮大聖人も大石寺の大御本尊も、池田は、自己の野望のために利用しようとしていた、というわけで、これが昂じて、とうとう昨年(※平成3年)11月、日蓮正宗大石寺から破門にされてしまいました。
「目的のためなら嘘も暴力も何でも使う」 学会が起こした反社会的事件の数々
ともあれ、創価学会は現在も依然として、目的に向かって突き進んでいます。しかも、この団体の恐ろしいところは、池田大作自ら、目的のためなら手段を選ばぬ謀略思想を幹部達に叩き込んでいることです。すなわち、
口八丁・手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(社会党)だって方便を使っている。共産(共産党)だって目的のためならみんな謀略じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段をつかう。うちは信心のため、信心を守るため、学会を守るためだ。(扶桑研修所での指導・昭和51年6月1日)
むろん、ここで池田が『信心を守るため、学会を守るため』などと言っているのは、本音に訳せば「学会の勢力を伸ばし、池田の野望を達成するため」ということに他なりませんが、池田に盲従する狂信的幹部達は、この池田の教えを忠実に実行に移していきました。
その結果、学会は、今日の民主社会の中で類例を見ない奇怪な謀略教団と化し(※しかも一般会員は、そうした学会の実態に全く気付けないでいるのです)、以下のごとき事件を次々と引き起こしたのであります。
昭和43年の参議院選挙の際、組織ぐるみで他人の投票入場券を盗み集め、本人になりすまして公明党に投票した事件で、なんと新宿区を中心に10万通もの投票入場券が消えています。
この事件では、学会学生部の北林芳典、宮本孝、砂川昭夫ら八人が有罪判決を受けました。
昭和44年の暮れに表面化した事件で、創価学会・公明党の実態に疑問を投げかけた多くの出版物を闇に葬ろうとして、金や政治家、右翼関係者まで使って、出版社に圧力をかけたり、組織力を動員して脅迫まがいの電話を架けたりしたものです。
この妨害を受けた書籍の主なものを挙げてみると、『創価学会を斬る』『公明党の素顔』『これが創価学会だ』『創価学会・公明党の破滅』『創価学会・公明党の解明』『創価学会』等々――。
およそ、宗教者たる者、加えられた批判に対しては、堂々と言論をもって答えるべきが当然であるのに、権力・財力・暴力に物を言わせて弾圧する手口は、学会の体質を物語って余りあります。
昭和45年、共産党の宮本委員長宅の電話を盗聴した事件で、後の裁判では、故・北条浩氏(4代会長)の資金提供のもと、学会の組織ぐるみで行なわれた犯罪であることが確定しました。
なお、学会の盗聴は、その後、日蓮正宗寺院(保田妙本寺・妙縁寺・常泉寺等)に対しても行なわれていたことが判明しています。
昭和51年、『月刊ペン』誌が、池田の女性関係――記事中では「お手付き情婦T子(多田時子総合婦人部長)」をはじめ6件の関係が挙がりました――を大々的に報じ、池田らは月刊ペン社を名誉毀損で告訴。裁判では、報道内容の真実性の立証が不十分であるとしてペン社が有罪となりましたが、しかし判決は、池田らの行動もそうとうに関係を疑わしむるものであり、かつ学会側が、この裁判の途中、奇怪にも、名誉を毀損した側であるはずのペン社に2000万円もの裏工作金を渡していること等から、求刑を大幅に下廻る微罪となりました。
なお、裁判の続いていた同年11月16日、池田は、関西文化会館において、公明党議員らに池田出廷回避の工作を命じ、「もしものことがあれば 公◯(※公明党のこと)を血まつりにする。……渡部(一郎議員)はフザケ半分ではいけない。たたき出すぞ!渡部、矢野(絢也元委員長)はふざけ半分では許さない」 などと獅子吼しており、この一連の経過は、会員の浄財の使い途と、公明党の存在目的について、大いに考えさせられるものとなりました。
昭和63年のリクルート事件で、池田克也衆院議員が5000株の譲渡を受けていたことから、議員辞職、起訴され、同年の砂利船舶汚職事件では、田代富士男参院議員が受託収賄罪となって、離党、議員辞職となったほか、翌平成1年には、矢野絢也委員長までもが、明電工事件に関与していたことが発覚して辞任しています。
池田創価学会の暴力性を表わす事件は数多くあります。
昭和44年7月、東京・練馬区の選挙投票所(第4投票所=豊玉第2小)において、投票終了時間後に訪れた二人が投票できなかったことを理由に、百数十人の学会員が投票所を取り囲んで襲撃、女性・高齢者を含む投票立会人四人に集団暴行を加えて流血させた事件。
昭和52年、学会の誤りに批判的だった宗門僧侶を次々と本部に呼びつけ、野崎勳副会長らが大勢で軟禁、恫喝した上、土下座させたり詫び状を書かせた事件。
昭和63年7月、創価学園正門前で、池田を取材しようとした『フライデー』誌はじめマスコミの記者・カメラマンに対し、警備の学会員5、60人が、いきなり、殴る、蹴る、壊すの集団暴行を加えた事件。
平成3年、各地の日蓮正宗寺院に対して引き起こした、脅迫・暴行事件等々――。
平成3年3月に発覚した、ルノワール絵画をめぐる三菱商事の架空取引事件で、学会の八尋副会長および富士美術館が深く関与していることが判明、使途不明の15億円が学会の裏金になったのではないかとの疑惑がもたれています。
また同年5月には、学会の墓苑事業に巨額の申告漏れのあることが国税局より指摘され、約24億円にものぼる修正申告をし、法人税約6億4千万を納付することとなりました。学会に対する税務調査は現在も続いています。
さらには同年7月、証券会社が公表した損失補てんリストにより、学会が4億5千万円もの補てんを受けていたことが判明、学会では「損失補てんではない」としていますが、補てんであるか、ないかはともかく、これにより学会が、会員から集めた浄財を70億円も株取引に運用していたことが明るみに出ました。
このようにして得た灰色の利益が、また、学会の謀略・反社会活動の資金として使われるのです。
かの1億7500万円入り金庫が捨てられていた事件(平成元年7月)にしてもしかり。中西治雄総務(当時)が犠牲となり、すべてをかぶって記者会見しましたが、中西氏個人の商売で得た金が、金庫に入って聖教新聞社の地下にあり、それも昭和46年当時で現在の6億円にもあたる大金を二十年近く忘れていたなどという釈明を、いったい誰が信じるというのでしょうか。ますます学会の金の流れに疑惑が集中するばかりです。
右翼団体までが学会に反対する者を攻撃 私達の未来「握られて」しまってよいのか!?
さて、以上のように、目的のためなら手段を選ばぬ非合法体質をもつ創価学会ですが、現在(※平成4年春)、幹部が右翼団体と謀議をめぐらせたためか、連日、街宣車を使っての日蓮正宗富士大石寺に対する攻撃・嫌がらせがなされています。
これは要するに、創価学会にタテつく者は暴力をもってしてでも紛砕する、という、凶悪な正体を露見したものでありましょうか。
また、学会内部では、次の参院選に向け、何としても公明党の議席を守ろうとして、とんでもない内部文書(幹部指導用)が配布されています。
いわく、
日本の中で公明党の占める位置が、誠に重要になってきた。ある意味でいえばキャスチング・ボートを握る立場になり、事実上、自民党が二百数十議席あろうと、最後に参議院の二十議席の公明党ですべての重要法案が決まってしまう。現実に今、そういう事態が起こっている。しかも、そのバックに創価学会がある。日本の命運を決していくのが創価学会・公明党である。創価学会・公明党によってがっちり握られているのが今の日本である。(中略)そう見ると日本を挙げてその焦点は、すべて池田名誉会長のところに集まる時代になってきている。大聖人御在世当時のことを考えるのはもったいないことだが、大聖人お一人に、日本全国が宗教界も権力者も注目をして、それで日本の動向が決まるという状況にあった。現実に広宣流布がそういう段階に入ったのだ。皆さん、いかがでしょうか。このような恐ろしい組織・創価学会に、私たちの国の将来、子孫の運命を『がっちり握られて』しまってよいのでしょうか。
学会員の皆さん、非学会員の皆さん、どうか、この現実を真剣にお考えください。
池田大作(既に死去していますが)が最高権力者となって日本を支配するためなら、創価学会員は何をやっても構わないということです。
実際にその思想通りに数々の悪事を重ねてきた現在では、池田大作の実子である可能性が極めて高い小和田雅子が皇后となり、「広宣流布」の仕上げの最終段階に入っているということでしょうか?
果たして真実は如何に。
隠されているもので、あらわにならないものはなく、秘密にされているもので、ついには知られ、明るみに出されないものはない。
ルカによる福音書 8章17節